2016年12月14日水曜日

【学問のミカタ】ディランのノーベル賞騒動で思ったこと


 ディランとノーベル賞


ノーベル賞への疑問

 ボブ・ディランがノーベル文学賞を取った。村上春樹同様、何年も前から候補者に上がっていたから、それほど驚きもしなかった。そもそも、ノーベル賞自体に対して、「物理」や「化学」、そして「生理学・医学」は別にして、「文学」はもちろん、「平和」や「経済」については、いろいろ疑問があった。たとえば「平和賞」は佐藤栄作がとった時から信用しなくなったし、「経済学」があってなぜ、「哲学」や「政治学」、あるいは「社会学」がないのか、「文学」があってなぜ、「美術」や「音楽」がないのかといった疑問もあった。何より、取った、取らないで大騒ぎのメディアには,もう何年も前からうんざりしてきた。

 ノーベル賞はノーベルがダイナマイトなどで得た財産の使い道を遺言に残して生まれたものである。「人文科学」や「芸術」の分野が「文学」一つというのは、ノーベルの意思であるし、20世紀初頭の状況を表していたのかもしれない。その意味ではきわめて限定された個人的な賞に過ぎないと言える。しかしそれは今、科学(自然・社会・人文)の領域で最高の栄誉であるかのように扱われている。

文学賞とは何か

 ディランの「文学賞」はそのちぐはぐさを如実に示したように思われる。その是正を意図して、「文学賞」が「文学」を超えて「思想」や「哲学」、あるいは「政治」や「社会」に広げはじめた結果だと言えるかもしれない。そう言えば,昨年の受賞者はチェルノブイリ原発事故を取り上げたジャーナリストだった。同様の傾向は「自然科学」の分野にも現れているという。平和賞などはとっくに迷走状態だが、であれば、「経済学賞」の狭さばかりが目立つということになる。いっそ「社会科学賞」に変えたらどうかと思う。

 ところでディランだが、ディランの作品に「文学性」はあるのかといった批判があるようだ。そう考える人にとって「文学」は活字になって本として発表されたものに限られているのかもしれない。しかし、「文字の文化」の前には「声の文化」があって、「文学性」は声(口承)から文字へという形で「文学」に凝縮されたという歴史がある。ところが20世紀になってレコードやラジオ、そしてテレビといった新しいメディアが相次いで登場して、「声の文化」が再生したのである。現在では「文字の文化」が隅に追いやられつつある。良し悪しは別にして、そういう流れは否定できないことなのである。

ボブ・ディランとは

 ディランはフォーク・シンガーとしてスタートした。その先人はウディ・ガスリーでアメリカ中を放浪し、大恐慌の際に労働者や農民、あるいは浮浪者の中に入って、蒐集したり、自ら作った歌を歌って人々を慰め、鼓舞をした。その手法がピート・シーガーなどに受け継がれ、1960年代に新しいフォーク・ソングとして開花した。その先端にいたディランはやがてギターをエレキに変え、ロックというジャンルが生まれるきっかけを作った。そのうえで、労働者の音楽と差別されたフォーク・ソングやガキの音楽と馬鹿にされたロックが「文学性」「や「音楽性」、「政治」や「思想」、「哲学」を表現できるものであることが認知されたという経緯があった。ディランがその過程の中心に位置づけられた存在だったことは間違いない。

 ディランはこれまでに「芸術文化勲章」(仏1990年)、「ピューリッツァー賞」(米2008年)や「大統領自由勲章」(米2012年)、「レジオンドヌール勲章」(仏2013年)を受賞している。グラミー賞は10回を超え、アカデミー賞やゴールデン・グローブ賞の受賞歴もある。「ノーベル賞」を取って、取れるものは全て取ったという感じだが、本人はいつでも冷めている。おそらくノーベル賞も、サルトルのように辞退することはないだろう。「辞退」や「拒絶」はまたそれなりに強い意思表示だが、自分のあずかり知らないところで決まったことには謝意もしないし無視もしない。おそらくそんな態度だろうと思う。

僕にとってのボブ・ディラン

 僕は高校生の時以来もう50年もディランを聴き続けている。彼は75歳になってなお精力的なコンサート活動をしていて、僕も4月に彼のライブに出かけた。ほとんど何も喋らないパフォーマンスで、昔懐かしい曲はほとんどやらなかった。ちょっとがっかりといった気持ちがなかったわけではないが、今のディランの姿には十分に満足をした。彼は今でも数年おきにアルバムを出していて、その都度、意外性に驚かされてきた。そこには何より、昔の俺など追い求めるなといったメッセージが込められてきたと言えるからだった。

 僕の人生はディランに出会わなければ今とは違っていただろうと確信できる。「文字の文化」を職業にし、始末に困るほどの書籍に囲まれているが、それほどの影響力を「文学」や「哲学」「思想」、そして「社会学」や「政治学」から受けた人はいない。そんな人であるだけに、僕にとってボブ・ディランは、アカデミーの「文学賞」に価するかどうかなどという判断をはるかに超えた存在なのである。

 もっとも今の彼は20世紀のポピュラー音楽を丁寧にふり返って、衛星ラジオで多くの曲を紹介したり、スタンダード・ナンバーを自ら歌い直したり、新曲を集めたアルバムに古いサウンドを取り入れたりしている。そこには何より、商業化されすぎてどうしようもない状況にある音楽や歌の現状に対する批判や抵抗の姿勢が強くある。それを一人のミュージシャンとして今でもステージで訴え続けている。こんなメッセージをどれだけの人が本気で受け止めているのか。少なくとも今の日本では、きわめて少数に過ぎない。だからオリンピックの金メダルのような調子の大騒ぎには,とてもついて行けない。

(2016年10月17日、「珈琲をもう一杯」に掲載)


 「ボブ・ディラン ノーベル賞詩人 魔法の言葉」


ノーベル賞詩人

 NHKスペシャルが「ボブ・ディラン ノーベル賞詩人 魔法の言葉(2016年12月10日)を放送した。ノーベル文学賞を授与されて以降、さまざまに取りざたされ話題になっているし、CDや書籍にも、それを記念して新たに発売されたり、宣伝されたりしたものも多い。今さらとも思うが、新たに興味を持って、彼の歌を聴いたり、彼についての、あるいは彼自身が書いた本が読まれるのは悪いことではないとも思った。何しろ日本ではどういうわけか、ディランは一部を除いて、ほとんど興味を持たれていないミュージシャンだと、ずっと思っていたからだ。
 そのディランは、受賞を拒否するのではとか、まったく連絡が取れないとか、先客を理由に授賞式を断ったとか、そんな話題ばかりが先行していたが、授賞式には、彼に代わって晩餐会にパティ・スミスが出て「激しい雨が降る」を歌った。主催者からの依頼のようだが、彼女にしてみれば、ディランに影響を受けて歌を歌い始めたのだから喜んでピンチヒッターになったのだろうと思った。あまりに場違いな雰囲気で緊張したのか、途中で声が出なくなって、「ごめんなさい」と言って歌い直した。

魔法のことば

 番組はまず、デビューからヴェトナム反戦を訴える歌を歌って支持を得たこと、フォークからロックに転身してファンとの間に物議を醸したことなどを伝えた。その後で、彼が作品を作るときに書き残したノートや便箋、あるいはたまたま持っていた紙ペラなどが集められているオクラホマのタルサ大学に出向いた。それはディラン自身の意向によるもので、デビューから最近の作品に至るまで、膨大な量になるということだった。

 ふとフレーズを思いついたら、すぐに走り書きをして、後で何度も書き直す。それはレコーディング中でもお構いなしだから、参加したミュージシャンは長い時間待たされることになった。インタビューに答えたアル・クーパーは、「ディランは詩人だから、音楽以上にことばに時間をかけていた」と話していた。ちなみに、「風に吹かれて」の紙ペラ1枚の直筆原稿が、最近ニューヨークの競売で120万円で落札されている。

 この番組の中心は、このタルサ大学に寄贈されたディランのノートやメモを巡ってで、インタビューや取材は、今回に限らず一切受けないと言われたことをあげ、どこにいるのかわからないその秘密めいた存在を強調していた。しかし、彼は「ネヴァー・エンディング・ツアー」と名づけたコンサートを1988年にはじめて、今でも精力的に活動を続けている。会いたければそのライブに行けばいいのだし、新しい作品も発表し続けている。僕もこの4月に渋谷で久しぶりに彼に会った。

 それ以上に何をする必要があるのかといった姿勢が不思議に思えるのは、誰もがテレビや雑誌に登場することで、人気を維持し、高めたい、忘れられたくないと考えているからだ。その方がよほど不自然で姑息なのだということがわからないほど、今のメディアはやかましいし、依頼すれば誰でも喜んで応諾すると、偉そうに構えすぎているのである。

9.11直後にニューヨークで

 ところで、この番組で僕が一番驚いたのは、2001年にあったニューヨークの貿易センタービルに旅客機を突っ込ませた「9.11」の出来事の一ヶ月後に、ディランがマジソンスクエア・ガーデンでコンサートを行ったことだった。それはもちろん、ライブ盤としても発表されていないし、僕自身はそのコンサート自体を知らなかった。番組で映されたそのライブのなかで、ディランは珍しく、演奏途中に歌ではなく、話を始めて、「僕の歌はニューヨークで始まった。で、今もニューヨークでアルバムを作っている。そんな大事な街なんだ」と言った。

 その映像は隠し撮りされたものだが、ディラン自身が許可をしてYouTubeで見ることができる。「01 11 19 D1139」と名のついた映像(下の画面)は2時間半にも及ぶもので、その日のライブをまるごと記録している。 いつものぶっきらぼうで飄々と歌うディランと違って、動きも多いし、何より話をするのが珍しい。なぜ、これがライブ盤として出ないのか。ディランの意向とすれば、なぜなのかと疑問が浮かんだ。ネットで探しても、このコンサートに関連するものは少ない。YouTubeの視聴回数も2万回を超えた程度にすぎない。不思議なコンサートだ。
(2016年12月12日、「珈琲をもう一杯」に掲載)



■参考
Inside the Bob Dylan Archive (CBS NEWS December 11, 2016, 9:34 AM)

再放送「ボブ・ディラン ノーベル賞詩人 魔法の言葉」
12月17日(土)00:10~00:59(16日深夜) NHK総合テレビ

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