『コミュニケーション学がわかるブックガイド』引用文献の分析からわかること、 あるいは(同点の)「ベスト6」
『ブックガイド』では、編集委員の一人をつとめましたが、せっかくですので、作業の副産物で出てきたことをご紹介します。
『ブックガイド』では128点の文献が解説されていますが、それぞれの解説の中で、他の文献を参照・引用しています。巻末には128点の採用文献+この引用文献の全リストによる索引が、付録としてついてます。全部で400近いリストになっているのですが、参照回数の多い文献は、コミュニケーション学の中でもそれだけ大事なものだ、と呼べる面があるのかもしれません。
今回、『ブックガイド』の中で最も参照された本が6冊あります。それぞれ、3回ずつ参照されていました。どんな6冊だったでしょうか。
まずは最初の二つ。
1) マーシャル・マクルーハン『メディア論』
2) マーシャル・マクルーハン『グーテンベルクの銀河系』
一般にもよく知られたメディア論のいわば代表格、マクルーハンの本でした。2番目の『グーテンベルクの銀河系』は、128点の採用文献に入っていませんから、まずはマクルーハンの存在感が目立ちます。
しかし、「メディア論=マクルーハン」のように『ブックガイド』が全体として単純に捉えているかというと、必ずしもそんなことはないようです。引用回数の多かった3冊目がこれです。
3) 佐藤俊樹『社会は情報化の夢を見る』
本書はもともと『ノイマンの夢・近代の欲望』という名前で刊行されていたものが2010年にタイトルを変えて文庫本になったものです(旧タイトルでの引用もあり、あわせて3回登場です)。この本は、情報化(またメディア)が人間や組織を変える、という議論(最近だと「ソーシャルメディアが社会を変える」といった議論)がいかに短絡的なロジックに基づくものかを徹底的に批判しており、上記のマクルーハンの議論もその対象となっています。マクルーハンとのこの本は、セットで読むと興味深いところです。実は『ブックガイド』の紹介順では、マクルーハン『メディア論』の直前にこの本が配置されていたりもします。
このように、影響力の強い議論と、それを批判的に捉える視点の両方が取り上げられている、というのは次の2冊の組み合わせが同数で引用が多いことにも現れているように感じます。
4) ドン・タプスコット/アンソニー・D・ウィリアムズ『ウィキノミクス』
5) 西垣通『集合知とは何か』
前者は、無数の人々の協力によって、新たな生産がもたらされる仕掛けを論じます。そのようなことはウィキペディアをはじめ、インターネットにおいてさまざまな形で見いだされるものです。一方で後者は、コミュニケーション学部教授の西垣通先生の手になるもので、アマチュアによる知の集積=集合知が、単純にもてはやされるようなものにはなり得ないことを根底から議論し、あるべき集合知のあり方を論じています。
そして、参照回数の多かった最後、6冊目の本が次のものです。
6) アルバート=ラズロ・バラバシ『新ネットワーク思考』
コミュニケーションについて考えるとき、それがつなぐ(あるいはそれが起こる土台の)、人々の「ネットワーク」の性質を考える必要が出てきます。ソーシャルメディアのフォロワーや「友だち」のつながり方のことを考えてもよいかもしれません。本書はこのつながりの研究「ネットワーク科学」の代表作の一つです。つながり、を考える志向は、現在のコミュニケーション学において欠かせない視点です。このブログ記事のように、文献の引用のされ方をつながり方として捉えるということも、私たちがネットワーク的にものを見る一例です。
現在のコミュニケーション学が(そして、東経大コミ部にいる教員=研究者が)どのようにコミュニケーションの問題を捉えているのかの一端が、『ブックガイド』での記事の書かれ方(文献の引用の仕方)に多少なりとも現れているような気がします。上記の本がどんな風に論じられ、他のどんな本とつながっているのか、お読みいただいてはどうでしょうか。
そして『ブックガイド』には、続いて2回参照された文献が控えています。20冊強ほどありました(うち6冊は、採用文献外からの登場です)。これを並べてみると、さらに現在のコミュニケーション学の広がりが見えてくる気も(私には)します。それがどんな文献かは、ぜひ本屋さんで本書を手に取り、巻末の文献リストでページが2つ記載されているものを見てください。これは面白い、と思ったら、そのリスト入手のためにどうぞお買い求めください……。
もちろんこういった引用回数で示されることはほんの一部で、本当にユニークな存在は、必ずしも他の本での引用といった形では現れてこないとも言えます。『ブックガイド』全体から、そんな宝探しをしていただければと思います。
※この稿は、私個人の見解を述べたものに過ぎません。
※ご専門の方に:今回の文献リストのデータはsparseすぎて、本格的な分析にはなかなかなりません。悪しからずご了解ください。