2019/07/12

ユタ大学からのお客様

小雨滴る金曜の朝。北米ソルトレイクシティより、ユタ大学英語研修所(English Language Institute, University of Utah)のディレクター、コリン・L・エビラ氏がトケコムを訪問。同大学の魅力的な学習プログラムについて、魅力的なトークでご説明いただきました。


Welcome to TOKECOM!!
まずは柴内学部長との記念撮影を、パチリ。


ソルトレイクシティといえば、2002年の冬季オリンピック開催地として知られる自然豊かな美しい街。日本も今年は冷夏ですが、かの地ではつい最近までスキーが楽しめたそう。キャンパスを出て4、50分ほどバスに揺られればスキー・スノボに興じられるという、ウィンタースポーツ好きにはたまらないロケーション。アメリカを代表する映画祭の一つ、Sundance Film Festivalの開催地も近く、毎年1月はハリウッドスターが街を闊歩しているとか。映画好きにもたまらない。


ユタはここ!

なんと雄大なキャンパス!


多様なバックグラウンドを持った留学生が集うユタ大学ELIのプログラムでは、月〜木が授業。金曜は地域のボランティアに参加するなど、教室外で英語を使うトレーニングと異文化体験を促すよう構成されています。月〜木に学んだ英語を金曜日に試し、その日の反省は、翌週の学びのモチベーションになりそうですね。何より、ホンモノのアメリカ社会に接するチャンスです。地域の小学校やフードバンク、お祭りなどでボランティアを行っている留学生たちの興味深いエピソードをご紹介いただきました。(ちなみに、戦前からの日系人の歴史をもつユタ州。ソルトレイクシティでは毎年Nihon Matsuriが開催されているそうです。)



留学に関心をもつトケコム生が集い、熱心に聞き入りました。


学生IDで市内の交通機関は乗り放題。街には大型ショッピングモールや最新の映画がわずか5ドルで楽しめるシネコンなども充実していて、大自然だけでなくシティライフも満喫できそう。原則アルコールフリーの環境とあって、治安が良いのも安心ですね。(←酔っ払いがいないって結構大事。)保守のイメージが強いユタ州ですが、ソルトレイクシティは多様性を尊重してきたリベラルな土地柄だとエビラさん。外国人にとっても居心地が良さそうです。

英語力がアップすれば、ユタ大学の正規の授業も受講することができます。600を超えるサークルにも参加自由とか。語学学校とは異なり、「アメリカの大学生活」を体験できます。滞在は基本的にホームステイというのも魅力的。ホストファミリーと一緒に食事をしたり、週末に出かけたりするのも貴重な異文化体験になりますし、何よりユタに、自分のもう一つの「ホーム」ができる。ELIへの留学は「単に英語を学ぶだけではない」と、エビラさんは何度も強調されました。




質問した人にはユタ大グッズのプレゼント。ラッキー!


トケコムでは目下、ユタ大学ELIでの研修プログラムを準備中です。多くの学生が関心を示しているので、是非とも実現させたいです。エビラさん、本日はどうもありがとうございました。ユタの学生さんも、ぜひTOKECOMにお越しくださいね。See you and keep in touch!


行けたらいいね!!

2019/06/27

新入生向けゼミでNIEを実施


本年度新しく着任された田村和人先生に、新聞を活用した一年生向け授業についてご紹介いただきました。

**************************************

 NIENewspaper in Education)とは学校など教育現場での新聞活用のことです。アメリカでは1930年代に始まったそうですが、日本では1985年の新聞大会で提唱され、以後、全国の学校(小学校から大学まで)で展開されています。

 さて、筆者は「フレッシャーズ・セミナーa」という授業を2コマ担当し、計25名の学生が履修しています。この授業は新入生の必修科目で、充実した大学生活を送るための知識や技能を養うことを目的としています。そして、5月と6月に、この授業でそれぞれ2回のNIEを実施しました。

 講師には読売新聞東京本社教育ネットワーク事務局アドバイザーの秋山純子さんをお迎えしました。秋山さんは中学校教諭を長く勤めた国語の先生で、校長まで経験した、まさに教育の達人です。(新米教師の私としては、その指導スキルにも学ぶところが多くありました。)

 さて、NIEの授業の目的は、大きく以下の三点と考えます。

(1)新聞になじむ
現代人の活字離れはかなり深刻です。書籍はもちろんですが、「新聞離れ」も同様です。つい10年ほど前までは電車内を見渡すとかなりの数の人が新聞を読んでいたものでしたが、今ではひとりもいないことがよくあります。
 このことはゼミ生でも同様で、「新聞を読んだことがない」という、ちょっと驚くべき声が少なからず聞こえました。理由を聞くと、「文字がたくさん並んでいてむずかしそう」と言います。「活字離れ」「新聞離れ」の人たちに一定の強制力をもって新聞を試してもらうことがNIEのポイントのひとつだと思います。
 授業では、気になった記事、広告、報道写真を「スクラップシート」に貼ってもらい、要約や意見を記入してもらいましたが、「読んでみたら思いのほか読みやすかった」「おもしろかった」との感想が多く聞かれました。どうやら“食わず嫌い”は克服してくれたようです。





(2)新聞を情報源のひとつにする
 新聞を必要としない理由として、「テレビニュースをみている」とか「ネットでみている」という声が多いのですが、テレビニュースと新聞ではニュース項目数に大差があり、また、ネットでは自分の興味がある分野のニュースにしか接しない傾向があります。新聞を上手に活用して、大切な情報源としてもらえればと思います。データベースも利用しながら、新聞を有効活用してもらうきっかけにすることがNIEの目的のひとつでしょう。


(3)新聞を読む力をつける
 「まわしよみ新聞」という作業を通じて、記事と記事の関連性を考えました。これは4名ほどのグループで、メンバーが選んだ記事の中からトップ3を選んだ上で、三本の記事に共通する「見出し」をつけるものです。まったく違うジャンルの記事どうしでも、どこかに共通する点があることを教えてくれ、新聞の読み方、ひいては新聞を読む力をつける訓練となっています。





インターネットが普及した現在でも、広範な取材対象をカバーし、多くの目でもってスクリーニングされた情報を提供してくれる一次情報源はそれほど増えているわけではありません。その意味では新聞という大切な社会の財産を、若い人たちにも上手に活用してもらえればと願っています。その点で、NIEは大変有効と感じました。来年度以降もぜひ継続したいと考えています。

2019/06/05

6.8夢ナビLIVE@東京ビッグサイトに参加します

毎年数万人を動員するという、首都圏でも最大規模の大学進学イベント、夢ナビ
興味のある学問・分野について、大学教員から直接解説が聞ける「まなびステーション」に、今年もトケコム教員が参加します。担当はずばり、「メディア学・情報社会学」。



過去の相談の様子。
トケコムは2014年から連続参加!


「テレビに関心のある私。メディア学を専攻したら、どんな講義が受けられるの?」
「AIが気になる。情報社会学を学ぶとして、どんな就職につながるの?」
高校生のそんな悩みにお答えします。


以下、夢ナビサイトhttps://yumenavi.info/live/uketuke/kakunin/manabilist_pc.aspx?p=tokyo)より転載。
**************************************
「メディア学・情報社会学」

「メディア学」は映像・音声・文字・写真などを表現するメディア全般について、それぞれの機能や特徴、役割を学ぶとともに、デジタル表現を中心とするさまざまな表現技術や情報伝達技術をクリエイティブな要素も含めて総合的に研究します。
「情報社会学」は情報社会における、メディアとコミュニケーションの問題や、企業の経済・経営活動、グローバル化が進む現代社会の在り方について総合的に学びます。
●東京経済大学コミュニケーション学部 提供●

いまや、メディア・コミュニケーションは「社会のまんなか」です。
手元のスマホを見てください。その先に広がるインターネットを通して、ビジネスも社会も動くようになりました。いまの「世の中の原動力」を習得することは、あなたの将来につながっていくはず。東経大コミュニケーション学部(略称トケコミ)は、理論を学び、現象を「分析」するだけでなく、「表現」も多彩なワークショップで実践的に学ぶことができます。
担当教員
東京経済大学  コミュニケーション学部 准教授  北村 智 先生
東京経済大学  コミュニケーション学部 教授  田村 和人 先生
東京経済大学  コミュニケーション学部 准教授  松永 智子 先生
東京経済大学  コミュニケーション学部 准教授  光岡 寿郎 先生
東京経済大学  コミュニケーション学部 教授  山下 玲子 先生
****************************************


高校生の熱気に負けないよう、心して臨みます。
会場でお会いできるのを楽しみにしています!



2019/05/30

■120年前の日本人留学生―英国ケンブリッジ■



(筆者撮影:無断使用及び転載不可)


               
2020年に創立120周年を迎える私たちの東京経済大学が産声を上げた1900(明治33)、英国の首都ロンドンのベイカー通りにあったエリオット・アンド・フライという写真館で撮影された1枚の家族写真があります。この写真におさまっているのは、パリ万国博覧会の視察のために渡欧した本学の前身校の創設者 大倉喜八郎と妻 徳子、その嫡男 喜七郎 です。この後の190310月、喜七郎はケンブリッジの名門校である<トリニティ・カレッジ>に入学します。今回の【トケコムレポート】は、英国留学時代の大倉喜七郎の足跡をたどる「旅」がテーマですが、その出発点はこの写真との出会いでした。


            
ロンドンの大倉喜七郎:1900,明治33
(提供:東京経済大学史料室、無断使用及び転載不可)


          
建学の精神を受け継ぎ、コミュニケ―ション学部では、グローバルな人材の育成を大きな目標の一つとしてきました。いつの時代も、海外留学は若者を成長させる最高の機会かもしれませんが、ここでご紹介する英国ケンブリッジの名門校の扉を開けた日本人青年大倉喜七郎の留学生活は何もかもが日本人離れした桁はずれのスケールで、父親ゆずりのパイオニア精神を遺憾なく発揮した足跡が今でも残されています。

■ボート部の選手として活躍■
トリニティ・ボートクラブの台帳には、歴代のレガッタやボートレースに出場した全ての選手の名前が記載されており、その中に喜七郎の名前も残されています。これは、日本人留学生でありながら、喜七郎はこのコミュニティ最大のイベントの一つであるレガッタに<トリニティ・カレッジ>を代表して出場したことを意味します。カレッジは異なりますが、当時のケンブリッジには、後に著名な経済学者となるジョン・メイナード・ケインズ(キングス・カレッジ)や、その後三菱財閥を率いた岩崎小彌太(ペンブルック・カレッジ)も学んでおり、喜七郎選手の活躍は、この二人の目にもとまったに違いありません。

■世界初の自動車レース出場■
ロールス・ロイス社の創業者の一人でもあるチャールズ・ロールスCharles Stewart Rolls)は、同じ<トリニティ・カレッジ>の先輩でした。さらに喜七郎が仲良くしていたのは、20世紀初頭のモータリゼ―ションだけでなく、後の航空産業をも牽引したブラバゾン卿John Theodore Cuthbert Moore-Brabazon)で、彼らとの知遇を得て、喜七郎は海外の自動車レースで初めて入賞した日本人ドライバーになりました。

【ブラバゾン卿の1953年の回想から】
「少年の頃、オークラという日本人と Crammer(塾、予備校)、続いてケンブリッジで一緒だった。(中略)彼は楽しくて愉快な若者で、私は大変親しくしていた」

英国政界でも活躍し、後にチャーチル内閣では、交通大臣、航空機生産大臣などを歴任したブラバゾン卿のこの回想からも、喜七郎が共に学んだ英国の上流社会の仲間たちの輪に見事に溶け込んでいたことが分かります。
世界初の自動車レースは1907年に英国で開催されるのですが、この自動車レース専用に開設された ブルックランズ・スピードウエイ も、世界で最初に作られたレース・サーキットでした。喜七郎は自ら車のメカニックをマスターし、創業間もないトリノ(イタリア)の フィアット(FIAT)社の車を調達しました。190776日、史上初の自動車競争レースで彼が挑んだのは、最も賞金の高い「モンタギュー杯レース」で、日本からの留学生 大倉喜七郎選手 はみごと2位の栄冠に輝きます。
帰国後実業家となった喜七郎は、ホテル・オークラや川奈ホテル等の創業者として有名ですが、1930年代の国際観光リゾート開発を牽引したことに留まらず、文化人や芸術家へ惜しみない支援を行ったパトロンとしても高い評価を得ています。

シンポジウム『英国ケンブリッジ<トリニティ・カレッジ>の大倉喜七郎』■
20181124日、本学にて英国留学時代の大倉喜七郎に焦点をあてた学術シンポジウムが開催されました。登壇者は、英国からお迎えした元ケンブリッジ大学図書館日本部長・小山騰こやまのぼる)さん。海外で活躍する歴史研究者の視点から、ケンブリッジ時代の大倉喜七郎についてお話をしていただきました。


        
20181124日、進一層館にて開催)


また私にとっても、このシンポジウムは若き日のアメリカ留学の嬉しい副産物となりました。1979年に、ハワイ大学マノアキャンパスにあった<イースト・ウエスト・センター>コミュニケーション研究所の国際比較プロジェクトに日本から参加したのですが、ここで英国メディア分析のメンバーに加わっていたミセス・コヤマ(英国人)と出会いました。寮も研究所に隣接しており、寝食を共にすることになった小山夫妻とはすぐに意気投合。しかし4か月間のプロジェクトが終了すると、小山さんご夫妻はロンドンに、私は米国本土の大学院へ。その後ほぼ音信不通となっていましたが、人生は不思議なもので、37年後の私のサバティカル(国外研究)による渡英で再会。それがこのシンポジウムへとつながったのです。

■ケンブリッジ時代の大倉喜七郎を探して■
20168月、ケンブリッジ大学図書館の日本部門で活躍されるかたわら多数の著書を出版されてきた小山さんと、カレッジで美術史の講師をなさっていた元同僚の奥様にお会いできることになり、お二人の住むケンブリッジを訪れました。その折に、日本企業の海外進出に先鞭をつけたパイオニアである父親の大倉喜八郎と、その嫡男である大倉喜七郎の英国留学時代の足跡を物語る史料が英国にも残されていることをお聞きしました。日本ではこれまでほとんど注目されてこなかった大倉喜七郎に小山さんは早くから着目されており、留学時代の喜七郎のエピソードは、小山さんの著書 『破天荒<明治留学生>列伝』(講談社、1999年)にも登場しています。
サバティカルからの帰国後、前出のシンポジウムの企画が承認されたこともあり、コーディネーターとして繰り返しケンブリッジを訪れ、小山さんご夫妻のご協力で喜七郎が下宿していた建物を見つけることも出来ました。




急遽結成された大倉喜七郎調査チーム:20183(無断使用及び転載不可)



 
ロンドンのキングスクロス駅から出ている鉄道を使えば約1時間でケンブリッジの駅に到着します。オックスフォードと並ぶ古き良き学生街であるケンブリッジは、そこから徒歩10分ほどのところにあります。



(筆者撮影:無断使用及び転載不可)


<トリニティ・カレッジ>は街の中心を流れる川の上流にあるため、その正門までには、メインストリートの先に伸びている細い路地をさらに進むことになります。

    
<トリニティ・カレッジ>までもう少し(筆者撮影:無断使用及び転載不可)


古都の面影を残す建物に囲まれた通りをそのまま歩き、あと少しで正門にたどり着きそうなところにある建物の一つが、喜七郎が約120年前に住んでいた下宿の跡でした。小山さんのご協力により、<トリニティ・カレッジ>に残されている住所から特定することが出来ましたが、現在この通りはブランドショップが軒を並べる商店街になっています。私たちが訪れた時、喜七郎の下宿跡の地上階だけは工事のフェンスで覆われていました。この建物内のどこかの部屋を喜七郎は間借りしていたものと考えられます。

          
ついに下宿発見!(無断使用及び転載不可)


数多くのカレッジが雑居するケンブリッジですが、その学生たちの生活圏はほぼ半径1キロ以内にあり、その佇まいは今も当時のままです。その下宿からすぐのところにある、当時全てのカレッジの学生の試験会場としても使われていた多目的コンサート・ホールや、学生たちに今でも時をつげるチャペルを眺めながら、20世紀初頭のケンブリッジで学んだ日本人留学生として、言葉の壁を克服してどのように友情をはぐくみ、西欧文化と出会い、将来の夢を描いていたのだろう?などと、120年前にこの街を闊歩していた喜七郎青年の姿を想像しながら様ざまな想いを巡らせました。
昔も今も変わることのないケム川の緩やかな流れだけでなく、当時そこにいた青年たちの息遣いさえも伝わってくるかのように、この古い学生街には喜七郎の青春時代の足跡を語ってくれる建造物群がそのまま残されています。

小山さんご夫妻には、この場をお借りして心より感謝の意を表したいと思います。さらなる発見と感動を求めて、令和の時代も大倉喜七郎の足跡を探す「旅」は続きます!


長谷川倫子(はせがわ ともこ)【専門:メディア論、メディア史】
学部生向け コミュニケーション学部 2019年度前期担当科目『特別講義イギリス文化・観光とメディア』でも、このトピック倉喜七郎とケンブリッジ<トリニティ・カレッジ>」を取り上げる予定です。