2020/06/09

TOKECOM新任紹介/大橋香奈:人々の〈移動〉の経験、映像で表現

※2020年6月8日付ブログ記事からの転載です。

41日付けでコミュニケーション学部の専任講師に着任した大橋香奈です。新型コロナウイルスが世界各地で猛威をふるい、百年に一度と言われるような社会的混乱が起きているなかで、新しい仕事が始まりました。この数ヶ月、想定外の事態を経験する度に、不安や落ち込みを感じてきました。一方で研究者としての私は、この事態をどのようにとらえることができるだろうかと、日々刺激され知的興奮を感じてもいます。今起きていることは、私の研究テーマである「人びとの〈移動〉の経験」と密接に関係しているからです。私が研究で注目している〈移動〉には、身体の移動だけでなく、物の移動、想像による移動、メッセージやイメージの移動など、多種多様な移動が含まれます。このような多種多様な移動、そしてそれらの組み合わせに着目するおもしろさを教えてくれたのは、社会学者のジョン・アーリが書いた『モビリティーズ 移動の社会学』という本です。アーリがこの本(原著)を書いたのは2007年ですが、この本に出てくる「移動にはどのような効用と歓び、さらには痛みがあるのだろうか」という問いは、今あらためて考えるべき問いだと感じています。

4月から始まった大橋ゼミ(演習)では、Zoomを使ったオンライン授業で、アーリの本をみんなで読み解くディスカッションをしています。辞書のように分厚く難しい本ですが、ゼミのメンバーは授業前にチームに分かれて予習して、自分たちなりの理解のいとぐちを見つけてきます。それを授業で発表するのですが、お互いの読み解き方から学ぶことがたくさんあります。私たちの身の回りの世界を、顕微鏡あるいは望遠鏡を使って見るとまったく違って見えるように、〈移動〉というレンズを使って世界を見ると、今までとはまったく違って見えることを、ゼミのメンバーと一緒に体験しています。2期(秋から)のゼミでは、「人びとの〈移動〉の経験」について、今度はメンバー自身がリサーチをする予定です。その際には、「ビジュアル・エスノグラフィー」というアプローチを使います。これは、写真や映像を使って、調査対象の人びとの経験を協働的に理解し表現することを目指す方法です。調査の最後には、完成した研究作品(research-creation)を上映/展示することによって、研究内容を広く共有し対話する場づくりを行い、その実践自体も研究対象にします。

私は博士課程の頃から、そのようなアプローチで研究に取り組んでいます。博士課程では、日本で暮らしながら他国にいる「家族」と国境をまたがるトランスナショナルな交流を続けている5人の調査協力者を、1年ずつ調査しました。その成果は、5人の語りを映像化した『移動する「家族」』という研究作品です。本作を持って各地に出かけ、上映会を49箇所で実施して参加者と対話しました。上映の実践については、日本生活学会の論文誌に掲載された論文にまとめました。学会誌「生活学論叢」



最新の研究作品は、私の博士研究を副査として指導してくださった水野大二郎先生(現・京都工芸繊維大学KYOTO Design Lab 特任教授)との共同監督作品『Transition』です。この作品は、妻みえさんが妊娠中に病気と診断されたことをきっかけに、水野先生がスマートフォンで2年間撮影し続けた生活記録をもとに制作したものです。水野先生と家族の過酷な人生移行の経験、そのなかで強いられたさまざまな〈移動〉の経験を理解し、表現することを試みました。『Transition』は、昨年オランダで開催された「アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭(IDFA 2019)」のコンペティション部門(ショートドキュメンタリー)に入選し、現地でワールドプレミア上映されました。また、本作は第20回「Nippon Connection(ニッポン・コネクション)」日本映画祭のNippon Docs(ニッポン・ドックス)部門に入選したため、来週69日から14日の会期中オンラインで上映されます。詳しいプログラムは、映画祭のウェブサイトに掲載されています。


この映画祭は、例年ドイツのフランクフルトで開催されているのですが、今年は新型コロナウイルスの影響でオンラインで開催されます。ぜひ、この機会にご覧ください。


これからトケコムの一員として、世界で最も流動的な都市の一つである東京で、学生のみなさんとともに「人びとの〈移動〉の経験」を理解し表現する、新たな研究作品を生み出すことを楽しみにしています!

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