2018/11/20

ゼミ発表会

2018年11月17日(土)にコミュニケーション学部恒例のゼミ発表会が行われました。




ゼミ生の発表を聞いて、コミュニケーション学部1年生は、来年度のゼミを選ぶ上での参考にします(ゼミ発表会プログラム)。

終わった後は懇親会です。
山下先生の乾杯の合図



懇親会では先生に直接、ゼミの様子を尋ねることもできます。
ゼミでの学びは濃密です。
学生一人ひとりが、自分に合ったゼミを見つけられますように。。。



2018/11/07

学問のミカタ~カニバリズムについて

学問のミカタ、今回の担当はカルチュラル・スタディーズ、英米文学、英米文化論担当の本橋先生です。

「カニバリズム=食人」と聞くと、皆さんはどのようなことを思い浮かべられますか?人類が忌避してきたタブー?飢餓を救う道がない緊急状態で行われる生存手段?「野蛮人」の風習としてヨーロッパの植民者たちが先住民に押し付けた人種差別のレッテル?アジア太平洋戦争中に食糧補給のない日本軍兵士が行ったこと?中国などでグルメの極致として洗練されてきた技巧?・・・
 いずれにしろ、カニバリズムは肉食動物である人類にとって、実はきわめて身近に行われてきたことであって、必ずしも私たちにとって疎遠なものではありません。たとえば、私たちは「食べてしまいたいほど好きだ」などと言うことがありますが、それは性愛と食欲が深く関わっているからでしょう。皆さんの中にも愛読者がおられるでしょうが、宮沢賢治やアーシュラ・ル=グインといった作家の作品では、カニバリズムが重要なテーマの一つとなっていますし、「赤ずきん」とか「ヘンゼルとグレーテル」といったおとぎ話の中心にもカニバリズムがありますね。「人を食う話」は人間にとって近しいものである、というか、あまりに身近なものであるだけに、できれば遠ざけておきたい、ものであるわけです。
 このようなカニバリズムの実態に学問的に迫るためには、その発現形態を分析するだけでなく、それが言語によって表象されてきた歴史を探求することが肝心です。私なりにカニバリズム言説の歴史を整理すると以下のようになります。
 第一期は古代ギリシャから中世まで、ヘロドトスやマンデヴィル、マルコ=ポーロといった作家が有名ですが、食人が理解不能な他者の習慣として描かれており、そのような怪物的存在は自己の共同体の外部を示すために必要なだけで、実在を証明する必要はありませんでした。それが第二期の西洋植民地主義の時代になると、コロンブスがたまたま耳にした「カニバレス」という音から「食人種」が実体化されたように、記号による被植民者の悪魔化の手段として伝播します。この傾向はアメリカ新大陸から太平洋の島々、オーストラリア、東南アジア、アフリカにまで植民地支配とともに拡充してゆき、モンテーニュやスウィフト、サドといった稀有な文化相対主義者もいたのですが、植民地主義者が自己を正当化し、他者を周縁化する力学のもとに、植民地支配が免罪される契機が作られていきました。第三期は二〇世紀のポストコロニアル時代における修正主義的な知の積み重ねによって、以前のヨーロッパ中心主義的なカニバリズム言説の歪みが検証されていきます。アレンズやオベイセーカラといった学者たちの研究によって、先住民による食人慣行に疑問が投げつけられました。たしかにここでベクトルの方向は、コロニアリズムの時代とは逆で、ヨーロッパ中心主義が暴かれていくことになったのですが、自己と他者、ヨーロッパと非ヨーロッパという関係そのものは温存されていました。それが第四期になると、表象の重要性に焦点が当てられ、幻影によって生み出される自己と他者関係の変容が焦点となります。人間と動物とを区別せず、あらゆるモノ自体の自律性に注目するという、先住民の思考に着目しながら、ヨーロッパ人の残した食人儀礼の記録が読み直されていきます。たとえばヴィヴェイロス・デ・カストロが論じるカニバリズムは、自然の身体としての人格である肉を食するという行為において、自然と文化の境界線に位置するものです。食人は「敵」という根源的な他者に対する復讐であると同時に信頼であり、人間だけでなく動物や死者、モノにまでいたる多元的な世界における非ヨーロッパ的で双方向的な「アンチ・ナルシス」の思考を導き出すとされるのです。
食べることは交わることと殺すことと並んで最も人間的で双方向的な行為であって、食事の極限にあるカニバリズムは究極的な信頼の創造とも言えます。カニバリズムという視点から、食と性、神話と歴史、自己と他者、生命と死、信頼と危険といった相互依存概念を考察することが、魅力ある学問的探究である理由もそこにあるのです。

2018/10/30

ジャーナリズム論:ゲストと語る「家族」「いのち」そして「メディア」


「ジャーナリズム論」担当教員の松永です。

ジャーナリズムとは、たんにマスメディアの営為を指すのではなく「同時代を記録し、その意味について批評すること全体をさす」(鶴見俊輔、1965)

誰もがソーシャルメディアを手にする現代において、ジャーナリズムをプロの仕事として眺め、「論じる」だけではきっと足りない。受講生自身がジャーナリズム「する」ことを意識して授業を組み立てています。

10月25日の授業には、作家・セラピストとしてご活躍され、ネットニュースの編集や、社団法人・日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)の建ち上げにも携わったご経験のある田村真菜さんをお招きしました。

 ※講義に参加してくださった本学広報課の職員さんによる記事が大学HPで公開されています。

授業の柱は主に二つで、田村さんが問題提起されている「虐待・結婚・出産」について議論すること、メディアとの付き合い方について考えることです。

写真1:田村さんの講演「熊に食べられたかった私」

170人規模の教室で、いかにして双方向のコミュニケーションが可能かを考えた結果、次のような方法を試みました。ゲスト講義の前週で、田村さん自身が書かれた文章、メディアによって取材された記事およびテレビドキュメンタリーに触れ、田村さんへの質問や、授業で議論したい論点を受講生に書き出してもらう。それを編集して当日の配布資料にするほか、田村さんにもお渡しし、授業前半の講演という形で応えていただく。後半は、受講生数人にも登壇してもらい、パネルディスカッションを行うというものです。ちなみに、授業で受講生のコメントを公開するときは、実名かペンネーム(アカウント名といった方が今風?)かを各自が選択できる仕組みにしています。

写真2:パネルディスカッション「男とか女とか」

受講生が真剣に取り組み、田村さんが誠実に向き合ってくださったおかげで、当日は限られた時間ながら、活発な議論が展開できました。授業後に集めた感想は、熱量のこもった筆致でビッシリと綴られたものばかりで、壮絶な人生に裏打ちされた田村さんの言葉に深く感銘を受け、受講生同士刺激し合っている様子が伝わってきます。

視野を広げ、自分の思想を深めること、人と話し合うことは、「重要」というより「楽しい」!そう感じられる講義を今後も企画していければと改めて思いました。

また、授業内では話し足りないという声もあり、田村さんには午後の松永ゼミにも来ていただき、より親密な形で第二ラウンドを展開しました。田村さん、ありがとうございました。

写真3:ゼミでの第二ラウンド「親から自立する時」

11月の「ジャーナリズム論」は、海外紛争地での取材・報道経験のあるゲスト講師をお招きし、「遠く離れた世界について知ること」をテーマに議論する予定です。(私が)楽しみです。

2018/10/23

2018年度ゼミ発表会のお知らせ

毎年恒例の2018年度コミュニケーション学部ゼミ発表会が11月17日土曜日に行われます。

F308教室
15:15-15:30【小山ゼミ】異文化マネジメントの研究
15:30-15:45【駒橋ゼミ】駒橋ゼミの活動―企業記事分析や商品開発&模擬記者発表会など
15:45-16:00【北村ゼミ】メディア利用行動と心理に関する社会調査研究
16:00〜16:10 休憩
16:10-16:25【北山ゼミ】北山ゼミ紹介
16:25-16:40【佐々木ゼミ】佐々木ゼミの紹介
16:40-16:55【柴内ゼミ】柴内ゼミ~メディアコミュニケーションと社会心理~
16:55〜17:10【大岩ゼミ】表現すること

F307教室
15:15-15:30【阿部ゼミ】初学者のためのプログラミングセミナー
15:30-15:45【小林ゼミ】フィールドワークで実際に見て、触れて、感じよう。
15:45-16:00【大榎ゼミ】大榎ゼミの活動
16:00〜16:10 休憩
16:10-16:25【松永ゼミ】マツナガ,わがゼミ
16:40-16:55【山下ゼミ】アニメの2次利用と2.5次元ミュージカル
16:40-16:55【光岡ゼミ】Mi:つおかから学ぶ若者生活



興味のある方は是非、ご参加ください。

2018/10/03

海外研修のお知らせ


海外での語学研修&インターンシップ研修説明会のお知らせです。

2019年2月にフィリピンにて以下の海外研修を企画しています。
興味のある学生はぜひ説明会に参加してください。

東京経済大学 × エンデランカレッジ × 近畿日本ツーリスト

●第2回募集説明会 10月10日 12:20~12:50 6号館F301教室 
●第3回募集説明会 10月18日 12:20~12:50 6号館F301教室