2017/07/21

学問のミカタ 異文化でのフィールドワーク 


学問のミカタ & 新任教員紹介vol.3 小林誠さん

 こんにちは。新任教員の小林誠です。専門は文化人類学です。文化人類学という学問は異文化の「ものの見方」を明らかにすることがその重要な目的の一つです。そして、文化人類学者は異文化の「ものの見方」を知るために、実際に現地に行って色々と見聞きするフィールドワークというのを行います。フィールドワークはとても楽しいのですが、なかなか思った通りにはいきません。むしろ、思った通りにいかないからこそ、やる意味があるのかもしれません。自己紹介も兼ねて、私が異文化の「ものの見方」をどのようにフィールドワークしてきたのかをお話ししたいと思います。

 私がフィールドワークを行なったのは、南太平洋の小さな島国、ツバルです。ツバルは、気候変動に「沈む島」としてメディアを賑わせていたこともあったので、聞いたことのある人も多いと思います。気候変動によって世界中の様々な地域で影響が出ると考えられていますが、ツバルのような海抜数メートルほどしかない太平洋の島国にとって死活問題なのが海面上昇です。気温が上昇すると、極地の氷が溶け、あるいは海水温が高くなることで膨張し、世界の海面が上昇すると予測されています。

 私は2年間、ツバルに行ってきました。もともと自然や環境問題に興味があったので、気候変動に「沈む島」をこの目で見て、人々がそれをどのようにとらえているのかを知りたかったからです。辺境好きの人類学者の癖かもしれませんが、ツバルの中でも首都が置かれるフナフティ環礁ではなく、人口600人ほどのナヌメア環礁という離島に主に滞在しました。そして、人々の「ものの見方」を知るために、一生懸命、ツバル語を勉強しました。ようやく少し話せるようになると、気候変動に関していろいろ質問してみました。

 そうしたら、意外なことがわかりました。多くの人々が海面は上昇していない、あるいは今後も上昇することはない、ととらえていたのです。私がこの調査をしたのは2006年で、今年の3月に行った時には状況はかなり異なっていましたが、当時のツバル、それも離島に住む人々の多くにとって、気候変動はさほど身近な問題ではありませんでした。結局、その後、気候変動を信じる/信じないメカニズムや、「環境難民」の実態についての論文を書くことができましたが、気候変動についての調査は暗礁に乗り上げてしまいます。人々がそんなに興味・関心を持っていなかったので、質問をしても漠然とした答えしか返ってきませんでした。調査は何か暖簾に腕押しという感じで、結局、表面的なことしかわからなかったのです。

 困った私は、ツバルにいる間、何かほかにできることはないかと、手当たり次第にいろいろなテーマに手を出しました。その中で特に手応えを感じたものが首長制でした。ツバルには選挙で選ばれた国会議員などがいますが、島の中では伝統的なやり方で選ばれた首長という存在が重要な役割を果たしています。首長制はツバルの大切な伝統として、とりわけ男性たちにとっては興味・関心の的でした。話を聞くと、各々に一家言あり、調査をしていてとても楽しかったのを覚えています。そういうこともあり、気候変動についての調査は一時中断し、首長制についての調査を進めていきました。しかし、そうしたら意外なことがわかりました。

 なんと、全然関係ないと思っていたのですが、首長制は天候や周りの自然環境、そして島の豊穣性と関連していることがわかったのです。もう少し丁寧に説明すると、マナという超自然的な力が備わっている者が首長になると、島が天候に恵まれ、作物が実を結び、魚がたくさん取れるというのです。そのため、雨が降らない、水不足でココナツの実りが悪い、漁に出ても魚が獲れない、さらには何か災害が起きた時、人々が何をするかというと、首長を退位させるのです。あるいは、責任を感じて首長が自らその役割から降りることもあります。そして、人々はマナがあると考えられる者を新しい首長として即位させます。実際に私が滞在していた時も干ばつが続いたため首長が交代しましたが、その直後に(偶然かもしれませんが、)雨が降ってきました。島の人々はこれが首長のマナだと説明していました。ツバルの人たちは首長を島とある種、同一視しているのだと考えられます。そのため、反対に首長が転ぶと島に災いがもたらされるともいわれています。

 ツバルの人々は科学も知っていますが、天候や自然環境が望ましくない状態になると、首長のマナという超自然的な力でなんとかしようとします。こういう話をすると、どこか遠い国の不思議な習慣だなと思う人もいるかもしれませんが、実は似たようなことは日本でも行われています。私たちも、科学についてある程度は知っていますが、それでも科学的には何も意味もない、てるてる坊主をつくったことがある人も多いでしょう。また、日本には雨男や雨女と呼ばれる人たちがいて、彼らと一緒に出かけると雨が降る、などと考えられています。また、日本各地で五穀豊穣の祈願祭も行れていますし、神社で災害が起きないようにとお祈りをしたりする人もいるかと思います。もちろん、そんなの本気で信じていないと言う人もいるかもしれませんが、ひょっとしたら、と思う人も多いでしょう。

 干ばつになったり大雨が続いたり、豊漁になったり不漁になったり、あるいは時に予期せぬ災害が起きたり、自然というのは時に人智を超えた振る舞いをみせます。しかし、人間はこうしたよくわからないものを何とかコントロールしようとします。そして、それは時に科学的ではないかたちをとります。何か好ましくないことが起きた時、ツバルの人たちが首長を交代するのも、私たちが神社に行ってお祈りするのも、あるいは雨男や雨女を警戒するのも、誤解を恐れずに言えば、同じくらい非科学的だといえるでしょう。しかし、どちらも、不確実な自然をなんとかしようとする人間の営みなのではないかと思います。そう考えると、ツバルの人たちの考えることは私たちの考えることとそんなに違ったものではないでしょう。

 残念ながら、ツバルの人々が気候変動を首長のマナによってどのように解釈しているのかまではわかりませんでしたが、こうして、私はまた自然環境に関する問題へと戻ってきました。気候変動だけについてツバルの人々に聞いていたらこうしたことには気付かなかったでしょう。回り道をした分だけ、身近な自然環境についてのツバルの人々の「ものの見方」を少しだけ理解できたのではないかと思います。異文化というのは自分の常識が通用しないということなので、事前に考えた通りではうまくいかないことも多いのです。うまくいかない時には、別のことをしてみると道が開けることもあります。また、異文化を知るという、ある意味、回り道をしてみると、自文化のことについても意外なことに気づくことができることもあります。これも異文化の「ものの見方」をフィールドワークすることの醍醐味かもしれません。

 
フィールドワーク中の若かりし頃の私1(海面上昇の認識に関する調査をしている頃)


 
フィールドワーク中の若かりし頃の私2(饗宴に参加)

伝統的作物の一つであるタロイモ

2017/07/15

オープンキャンパスと夢ナビライブ

夏の国分寺キャンパスでは、定期試験前の学期末レポート提出がたけなわです。

6号館と夏の空

さて、その定期試験が終わったあとの8月1日、2日はオープンキャンパス(特設サイト)です。事前申込み不要ですので、「コミュニケーションは社会や経済の中心です」をうたうトケコミの学部説明会と体験授業にフラっとおいでください。

ああ、そういえば、こんな学部説明冊子もありました。
合い言葉は「コミサク!」。


なお、両日の模擬授業は次のとおりです。

大岩教授:広告で考える、アイデアのつくり方(8月1日)
広告クリエイティブ論の授業ですが、広告は素材のひとつに過ぎません。さまざまなコミュニケーションの現場において、ひとと違うアイデアを紡ぎ出せるためのスキルを磨きます。
世界有数の広告会社出身の大岩さんの発想力とその教育法を垣間見てください。メディアコースと企業コースを志望している方はぜひとも。


小林専任講師:環境問題と文化(8月2日)
環境問題と文化は関係なさそうですが、実は密接に関係してきます。環境問題を切り口に異文化の理解と文化を超えたコミュニケーションの重要性を学びます。
南太平洋のツバルをフィールドとして研究を重ねる小林さんだから知る、意外な事実を聞いてください。グローバルコースを志望している方はぜひとも。


またトケコミ名物ワークショップ科目のリーフレット。
当日も配布していますが、ウェブにも上げてあるのでご覧下さい。
ワークショップって、なに?

6号館から図書館と5号館を望む


さらにオープンキャンパスに先駆けて、7月22日には東京ビッグサイトでの高校生向け一大イベント「夢ナビライブ2017」にもトケコミの教員が参加します。

柴内学部長を筆頭に、北山&北村のダブル「北」、そして小山&小林のダブル「小」の4人の教員が脇を固めます。こちらは「まなびステーション」という企画への参加で、大学紹介ではなく、学問選択の悩みを持つ高校生をお助けしましょうというもの。

トケコミは「情報学・メディア学」というステーションの担当ですが、コミュニケーション学部に加えて、東経大の経済学部(経済学分野)と経営学部(経営学分野)の先生方も参加しますので、3つをまわって見ると東経大のこともけっこうわかってしまうようになっています。

では国分寺 and / or 有明でお目にかかりましょう。

佐々木裕一

2017/07/09

2016年度ベストティーチャー賞 vol.2

2016年度,ベストティーチャー賞が決まりました.
今年度の1位は関沢英彦さん,2位は柴内康文さんが選ばれました.
柴内さんのコメントをご紹介します。

 関沢先生に次ぎ2位ということになりました。教え方については先生から学びたいことがたくさんありましたので、当然という気もしますし、これからも目指すべき目標と思っています。私自身のことに関していえば、投票のスコア上は講義や演習指導などどれかの評価項目が飛び抜けて高かったというのではなく、まんべんなく評価されていた、ということのようでした。教師歴も20年近くなってきたので、バランスが取れてきたのかもしれません。

 教育において、特にしている工夫があるとは思わないのですが、個人的には、学生に理解してもらえなかったら、関心を持ってもらえなかったら、それは基本的に教える自分の側の問題だ、とは考えるようにしているところです。学生の理解状況はいろいろな形で確認し、たとえば講義でのレスポンスカードについては、翌週の講義で時間をかけて解説し、誤解の修正や発展的な理解につながるようにしています。また、講義/演習では、なぜこのようなことを学び、またトレーニングしてもらっているのか、それが(あくまで広い意味で、ですが)各自のこれからの仕事や生活に、どのように関わってくるのかについて、折に触れて語りかけるようにしているところです。何か具体的にしているコツ、というよりも姿勢的なところしかここではなかなか書きようがないのですが、講義やゼミについて、可能な工夫をこれからも続けていきたいと思っています。

2017/07/03

2016年度ベストティーチャー賞 vol.1  関沢英彦さん

お久しぶり! 3月までコミュニケーション学部におりました関沢英彦です。「昨年度の学生が選ぶベストティーチャーに選ばれましたよ」と遠藤愛先生からメールをいただきました。嬉しい知らせですね。学生の皆さん、ありがとう。
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わたしがやっていたのは、「アウトプット先行」の授業でした。課題にもとづいて、企画案を出すことを毎週行うのです。大教室の講義タイプの授業では、冒頭の10分間、先週の「優秀作品」を紹介します。受講者の1割程度の作品を選び、縮小コピーの上、全員に返します。「どこがいいのか」を説明するのです。その後、30分程度、パワーポイントやビデオを使って、その日のテーマについて必須の知識を説明します。そして、「今日の課題」のポイントに触れてから、50分間ほどの実習開始です。
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大教室の場合は、個人作業となります。書き上げたら、関沢のいる席に持参して提出。その際、質問を受けるとか、会話を交わすこともあります。「先週のアイデアは良かったよ」とほめることも。成績の良い学生が、「この授業では、どうしてわたしの案は選ばれないのですか」と聞いてくることもあります。そうした学生も、「優秀作品」を何週かフィードバックされるうちに、自分の弱点に気づくようです。「そう、概念をそのまま吐き出しても、ダメ。もっと自分の頭で考えて」とコメントします。
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教室の後のほうで、あまり授業に身が入っていないかなという学生も、企画案を何回か出して「優秀作品」になると、がぜん、目の色が変わってきます。楽しそうに、辛そうに、頭をひねっている姿が、教壇からは見えるのですね。企画案は、名前と学籍番号の他に、「企画会社名」を考えてもらっており、「優秀作品」を返す際には、その「企画会社名」で手元に渡ります。毎週、選ばれている会社は、誰なのだろうと、みんなは気になるようです。
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ゼミやワークショップのような少人数形式の授業は、チームで企画。基本は、2人または3人です。2週間で、1セットという形になります。1週目の最初20分ほどで、課題に関する基本的なことを押さえるのです。例えば、「LGBT」がテーマであれば、最近の科学的知見や統計データを提供し、説明します。その後、チームで企画。課題としては、『男の子 女の子 きょうはまんなかの子』というLGBTを啓蒙するための小学生低学年向けの絵本を作って下さいといったものです。概念をそのまま論じるのでなく、表現に落としこむ中で、「自分の問題」としてとらえざるをえない状況を生み出します。
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「LGBT」について、知識が足りないと思うチームは、図書館に行くとか、ネットで情報を集めます。一方、別なチームは、おしゃべりをしながら、どんどん、アイデアのキャッチボール。互いのチームは、そうした気配を感じながら、企画を進めます。90分という授業時間は短いので、1週目はすぐに終わります。2週目までの間、昼休みや夕方に集まって、企画出しをするチームも。もちろん、ソーシャルメディアで、話し合うことは、どのチームもやっています。
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2週目、最初の30分ほどは、先週の継続です。その後、黒板を分割して企画案を書いてもらいます。書き終わったら、プレゼンテーション。そして、投票をします。集計結果を担当者が発表。ベスト3について、「なぜ、選ばれたと思うか」をチームの人に語ってもらいます。
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関沢ゼミでは、チームは2週間単位で変えていきました。誰と組むかということで、企画内容が変わってくるというシナジー効果について、実感してもらうためです。加えて、企画を進める中で、誰に対しても、「自己開示」をせざるをえません。普通は、他人に言いにくいこともアイデアを出す過程では、「つい、告白してしまう」のです。でも、発想作業の途中なので、相手も、「ああ、そう」という感じで、軽く受け流してくれます。互いにオープンに自分の内面を語れることは、良い効果を与えるようです。「先生のゼミにいて、生きるのが、ラクになった」といわれたことが何度もありました。
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最初に「アウトプット先行」といいました。面白いのは、アウトプットをすると、インプットの必要性を痛感すること。切実な知的渇望感を持つので、図書館に行くようにもなるのです。「論文情報ナビゲータ(CiNii)」の活用を最初の方の授業で教えているので、そこから専門的情報を得るチームも出てきます。
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発想というものは、理性も、感性も、意識も、無意識も、すべてを動員することになります。大教室の授業でも、ゼミやワークショップでも、関沢の授業に出た学生は、「なんだか、分からないけれど、こんなアイデアが出てきた」と感想を述べながら、自分の無意識の動きに敏感になるようです。みんなが驚くのは、無意識から出てきたものなのに、似たアイデアがいくつも出てくることです。とくに人数の多い大教室ではよく見られました。
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そうした現象が起こるのは、みんなの根底にイメージ・スキーマと呼ばれる図として表現可能な共通した認知構造があるからだと説明すると、大変興味を持ってくれます。イメージ・スキーマを自覚したとたんに、自分や他者の思考過程への理解は深まるようです。卒論を書くときにも、「あなたがいま考えている基本的な構成をシンプルな図に描いてみたら」といって、補強すべき点を「可視化」させて指摘するといったことにも使えます。
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以上、関沢の授業の特徴についてまとめました。授業を受けた学生は、「先生の授業は、楽しいから、アッという間に終わってしまう。でも、疲れる。帰りがけに坂を下りていくとき、クタクタなのが分かる」といった感想を語ってくれることが多かったですね。

なお、授業における具体的な課題内容、発想の実際などについては、以下をご覧下さい。

 

2017/06/21

2016年度国外研究報告〜長谷川倫子さん


2016年度国外研究報告

2016年4月から2017年3月まで、サバティカル(研究休暇)で英国のロンドンに暮らす機会に恵まれました。研究テーマが「若者文化とメディア」でもあり、1960年代における若者文化発信地の一つでもあったロンドンを研究拠点の第一候補にしました。しかしながら、先輩や海外の友人からの事前のアドバイスで繰り返し聞かされたのは、英国ならではの入国ビザ申請手続きの煩雑さに加えて、受け入れ研究機関と住宅探しの大変さでした。

確かにビザの手続きは想定通りでしたが、偶然の出会いに幸運が重なり、ロンドンのほぼ中心に位置するブルームズベリー地区にある、いわゆるSOAS(ソアス)という略称で知られているロンドン大学東洋アフリカ研究学院の日本研究所が受け入れてくださることになり、フラット探しも何とかクリアで、1年間の研究活動を終えて無事に帰国することができました。

トケコミブログ・デビューにあたり、簡単ではございますが、研究活動のベースキャンプとしてお世話になりましたSOASを、筆者なりの目線からご紹介させていただきたいと思います。

まず、所属機関の第一志望としてSOASを希望したのは、ここが英国における公立の教育機関による日本語教育のパイオニアであることを知っていたからでした。

ちなみに、筆者が滞在した2016年に、SOASは創立100周年を迎えました。西暦43年にやってきたローマ人によってつくられたシティを中心に発展し、壮大な歴史を物語る建造物や文化遺産が随所にあふれるロンドンの基準からは、「たかだかこの100年を語り伝えるもの」に過ぎないのかもしれません。それでも、貴重な共有財産を次世代やそのもっと後の人たちに残すためにはどんな努力をも惜しまない英国人の精神こそ、暮らしてみて初めて知り得たことでした。

その開学以来、日本語のクラスが開講されていた英国唯一の教育機関であったSOASでしたが、大きな転換点となったのは第二次世界大戦(1939~1945)でした。とりわけ1942年2月のシンガポール陥落をきっかけに、当時不利とされていた連合国の前に、大英帝国がその威信をかけて闘わなければならない国として日本が急浮上しました。通信の傍受、押収した書類の翻訳、捕虜の訊問など、前線で日本語を使える人材の不足は致命的で、その育成は待ったなし。いわば、日本語に精通したエキスパートの養成は国家的な急務となり、英国政府から委託されたSOASがこの役割を担うことになりました。

1942年5月、急遽(きゅうきょ)開設された特別日本語コースに集められた、グラマースクールのシックス・フォーマーたち(17歳。日本の高校3年生に相当)は、そのキャンパスの地名にちなみ「ダリッジ・ボーイズ」(Dulwitch Boys)と呼ばれました。日本語の特訓期間は15か月か18か月間。彼らはコース・ワークを修了すると、程なく前線に送られ重要な役割を担います。

今日のように優れた教材があるわけでもなく、すべてが試行錯誤の船出でしたが、新規採用の教員たちも、この日本語教育に国家の将来が託されていることは熟知していました。そんな中に、両国の狭間にありながら、日本人としての誇りを失うことなく英国の若者たちに日本語を教えた女性がいました。日本で出会った英国人の夫であるフランク・ダニエルズ先生と一緒に教壇に立つことになったおとめ・ダニエルズ先生でした。敵国の言語を叩き込まれた学生たちでしたが、最後には日本文化と日本人をレスペクトするまでになったと記録されていますが、熱意あふれた講師陣のなかでも、この「おとめ先生」の貢献は、はかり知れないものがあります。

戦争という英日関係史の負の部分がもたらしたSOASの日本語教育でしたが、その真価は戦後に証明されました。1942年(昭和17年)から1947年(昭和22年)までにここで学び、終戦で兵役から解放された648名のダリッジ・ボーイズは、外交、ビジネス、教育など、それぞれがその置かれた場所で日本語を活用し、戦後は両国の懸け橋となってくれたのです。

2016年の2月に、SOASでは日本語教育開始100周年を祝うシンポジウムが開催されました。SOASで日本と出会い、今は各界で活躍する各世代のOBやOGが一同に会した中でも、参加者たちを最も喜ばせてくれたのは、檀上のパネリストに加わった日本でも著名な社会学者ロナルド・ドアー先生でした。この日はまた、ダリッジ・ボーイズのお一人でもあったドアー先生の91歳のお誕生日でもあり、「女性の先生が本当に素敵だった!」と、一期生として日本語の手ほどきを受けた青春時代を回想されていました。

嬉しいことに、今日においても、SOASにはあの「おとめ先生」の精神が脈々と受け継がれています。東京で出会ったご主人とともに英国に渡り、その生涯のほとんどをSOASの日本語教育に捧げていらっしゃるある日本人の先生に食事会でお会いしました。偶然ですが、大学の先輩だったこともあり、SOAS恒例の日本語のスピーチ・コンテストでは、縁の下の力持ちとして東奔西走している先生を拝見し、また、折につけ、SOASで日本語を学ぶ学生さんたちのエピソードをお聞きできたのは何よりでした。このような方たちの日々の積み重ねがあったからこそ、100年にもわたり日本語教育の最高峰であり続けることが出来たのだと納得しながら、伝統の重みを感じずにはいられませんでした。

今この時間にも、日本が世界の人びとを魅了する磁場であり続けるよう、たくさんの「おとめ先生」が世界のどこかで活躍し、日本ファンが育ってくれていることでしょう。今は国分寺の教壇にもどった筆者ですが、SOASでの1年間を振り返りながら、トケコミの学生さんたちに少しでも海外に関心を持っていただけるよう、サバティカル前以上に研鑽を重ねようと心に誓う毎日です。

<参考文献>
大庭定男『戦中ロンドン日本語学校』(中央公論社、1988年)
Oba, Sadao translated by Anne Kaneko, The ‘Japanese’ War: London University’s WWII secret teaching programme and experts sent to help beat Japan (Routledge, 2015)

ブロガーの自己紹介:
コミュニケーション学部 長谷川倫(とも)子   
専門はメディア史ですが、トケコミでの担当は「マス・コミュニケーション論」です。帰国子女でもないし英語圏のDNAもおそらくゼロパーセント(0%)ですが、海外への憧れから続けてきた英語学習と雑学が役に立ちました。研究テーマは「若者文化とメディア」、「戦時期のプロパガンダ映画」等です。

 
     
SOASの正面玄関にて:通りからみると古めかしい外観でも、一歩足を踏み入れると、その奥にはおしゃれなインテリアに最新のネット環境も整えられている空間が迎えてくれるというのはロンドンの定番です。ここSOASでも、クラシックな建物が教育・研究活動の拠点として十二分に活用されていました。

      
SOAS創立100周年記念のバナー:夜遅くまでキャンパスは活気にあふれています。